とある総合診療医のノート

地方病院勤務総合診療医の日々の勉強・学びのアウトプット

甲状腺機能低下症に対する対応 まとめ

はじめに

ホルモン異常はそれほど日常診療で出くわす場面は少ないと思われるが、その中で比較的頻度の多いものが甲状腺ホルモン異常である。今回はその中でも甲状腺機能低下症についての対応をまとめる。

  • ◯血液検査甲状腺ホルモン系の解釈】

甲状腺ホルモンのFT3,FT4をまず見る。当然低ければ甲状腺機能低下、高ければ甲状腺機能亢進が疑われる。が、極微量のホルモンであるため測定にばらつきがあるためFT3,FT4だけで判断してはならない。

・TSHのミカタ

T3,T4が高い時はネガティブフィードバックでTSHは低下、T3,T4が低い時はTSHは上昇。大事なのは潜在性甲状腺機能低下症、潜在性甲状腺中毒症という概念。

下垂体は血液中の甲状腺ホルモン濃度に敏感に反応する。よってT3,T4がわずかにでも上昇したらTSHは下がるし、T3,T4が少しでも下がりかけたらTSHは上昇する。T3,T4が正常値なのにTSHが上がったり下がったりしている状態を潜在性甲状腺機能低下症・中毒症という。

甲状腺機能低下症のパターン

1,FT3,FT4低下・TSH正常または低下の場合

甲状腺ホルモンが低下しているのにTSHが上昇していないのでフィードバックが破綻している。中枢性甲状腺機能低下症疑い。もしくは、無痛性甲状腺炎で一過性の甲状腺中毒症から甲状腺機能低下症に変化した場合も同じような採血結果となる。

2,FT3,FT4正常、TSH軽度上昇の場合

→FT3,4が正常でTSHが4.5〜10μU/mLの場合潜在性甲状腺機能低下症と定義される。潜在性甲状腺機能低下症は人口の4-10%程度いると考えられている。この状態では自覚症状はほとんど出現しない。

3,FT3低下、FT4正常、TSH正常の場合

感染症や低栄養状態など甲状腺以外の疾患が原因でFT3が低下することをlow t3 syndromeという(英語ではNTI:non thyroidal illness)。入院患者ではしばしばみられる。原疾患の治療が優先で、原則甲状腺ホルモン治療の適応にはならない。

・TgAbとTPOAb

・橋本病においてはTgAb(抗サイログロブリン抗体)、TPOAb(抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体)が陽性となる。どちらかが陽性であれば橋本病の組織病変があると考えて良い。

(注)ただし、TgAbやTPOAbは甲状腺機能低下していない健常人でも15%程度は陽性になる。甲状腺機能低下があれば橋本病だが、甲状腺機能に異常がなければ治療の必要はない。また逆に橋本病でも5%の患者は抗体陰性となる。その場合は甲状腺エコーで甲状腺内部の炎症像が診られれば橋本病と診断して良い。

甲状腺機能低下症があるのにこれらの抗体が陰性であれば橋本病以外の原因が考えられる。甲状腺エコーを実施して嚢胞が多発していればpolycystic thyroid diseaseを歌がう。

甲状腺ホルモン以外にも甲状腺疾患を疑う検査データ】

コレステロール甲状腺機能低下症ではコレステロールが上昇する。潜在性甲状腺機能低下症の治療の目安にもなる。

CK:重度の甲状腺機能低下症の時に上昇する。

AST,ALT,γGTP,ALP:甲状腺中毒症の時に上昇する。原因不明のALP上昇持続がある時は甲状腺の精査も必要。

甲状腺機能低下症の症状は多彩。便秘、体重増加、皮膚の乾燥、寒がり、脱毛、顔のむくみ、倦怠感、物忘れ、抑うつなど。非典型であるため症状から甲状腺機能低下症を疑うのは難しい。

  • ◯治療開始およびフォロー

・橋本病の治療:治療を本当に初めて良いのか?

甲状腺ホルモン(チラージン®)治療を開始する前に、ヨードの過剰摂取がないかよく問診する。橋本病が背景にある人がイソジンうがい薬の連用や海藻類の過剰摂取などをすると甲状腺機能低下症に陥る。その場合は、ヨードの摂取を1ヶ月制限して甲状腺機能が元に戻るかどうか見る。それでも正常化しなかった場合は甲状腺ホルモン治療必要。

・投与量はどうするか

基本的にはできるだけ少量から。具体的にはチラージン25μg/dayを2週間まず投与、その後50μgを2週間、75μgを4週間、100μgを4週間というペースで増量させていく。甲状腺全摘を受けた患者でも必要量は100μg/day程度なので100μg/day処方しても足りない場合は飲み忘れなどコンプライアンス不良を疑う。

・潜在性甲状腺機能低下症は治療するべきか?

「潜在性甲状腺機能低下症ー診断と治療の手引き」によると次のような場合に治療が必要または不要

1,再検時にTSHが10μU/mLを超えているようであれば甲状腺ホルモン補充療法を開始

2,再検時にTSH<10μU/mLながらも軽度上昇に加え、甲状腺機能低下の症状がある、自己抗体陽性、甲状腺腫大の縮小を希望、バセドウ病の術後などの状況がある時。

3,一過性のものを除外するために、1−3ヶ月後に再検(海藻類摂取の制限を指示しておく)。

4,妊娠中もしくは妊娠希望の場合は治療必要(TSH2μU/mL以下を目標に治療開始)

5,85歳以上であれば潜在性甲状腺機能低下症の治療は必要なし

・TSHの正常化には時間がかかる。TSHはT3やT4が変化するとネガティブフィードバックで非常に鋭敏に変化するが、一旦変化してしまうと治療開始してもそう簡単には元には戻らない。治療開始後2,3日で再検して正常化は期待できない。